なぜブログ名を「江戸庶民」にしたのか
「江戸庶民」——パッと聞くと、なんか正直ちょっと古臭い、ダサい、と思う人もいるかもしれない。
若い世代なら「江戸時代って、いつだっけ?」と遠い世界に感じてしまうでしょう。
でも、私はこれまでの人生を振り返ってみると、この言葉「江戸」という言葉に出会って以来、気づけば何度も何度も深く引き寄せられていきました。
それは、偶然のようでいて、偶然ではないような——人生の中で時々起こる、あの現象です。
毎日の暮らしの中で、偶然同じワードが度々自分の前を横切る瞬間。
不思議なくらい目に入ってくる。耳に入ってくる。心に残る。
それが、私にとっての「江戸庶民」でした。
江戸が好き。特に、幕末が好き。
私はもともと歴史が好きです。中でも、特に好きなのが幕末。
坂本龍馬が大好きで、新選組も同じくらい好き。あの、血が沸るような熱い時代に、ずっと憧れがありました。
日本を変えようと、自分たちが住む国を良くしようと、若い志士たちが日本中を駆け回っていた時代。
便利さも、安定も、今とは比べ物にならないくらい少ないはずなのに、あの時代には確かに“熱”が存在していました。
私が惹かれていたのは、派手な英雄譚というより、「この国を良くしたい」と願い、命をかけて行動した、男たちの生き様そのものだったのかもしれません。
「一汁一菜」で暮らすようになった理由
私の暮らしには、もうひとつ江戸に通じるものがあります。毎日の食事です。
家で作るご飯のお手本は、江戸時代の人たちの「一汁一菜」。
味噌汁、ご飯、魚。(時々漬け物や冷奴なんかも入ります)
ですが、基本はこれ。
現代では「一汁三菜が理想」と言われることが多いけれど、私はおかずがたくさんなくてもいいタイプです。
むしろ、シンプルな食事のほうが、体も心も落ち着く。必然と、頭の回転もよくなります。
友達から「江戸時代の食事って体に良さそうでいいよね」と言われたこともあります。
それもきっかけになって、私はずっと、自分の体の声に耳を傾けて日々の食事を整えるようになりました。
総じて、私は江戸が大好きなのです。笑
AIが再現した「江戸庶民の一日」に、心を撃ち抜かれた
最近、AIの進化がものすごいのは、みなさんご存知のことかと思います。YouTubeには、AIが再現した「江戸庶民の一日の生活」みたいな動画がたくさんあります。
私は一時期、それを観まくっていました。
そこで、強く感じたことがあります。
江戸時代は、決して便利な時代ではない。物にも恵まれていない。家は長屋。ライフラインも完璧ではない。
今よりずっと、生きるのが大変だったはず。
なのに——
不便なことを不便と感じることなく、とにかくみんな、すっごく幸せそうに暮らしています。
朝日と共に動き始めて、日が暮れると共に寝る。
冬は暖房なんてないから、寒い夜は家族で身を寄せ合って眠る。電気がない時代だから、それしか方法がなかったのです。
町の長屋にはお風呂はなくて、夕方になると、町の人たちは銭湯へ行きます。(お風呂を炊くための火が、万が一長屋に燃え移ってしまったら、大変なことになるからです。)
さらに、長屋の裏でわいわいと他愛ない話で盛り上がりながら洗濯をする奥様たちは、とても楽しそうです。
家でご飯を作るのは、火を起こして、水を汲んで…と大仕事だったので、家族で町の屋台へ食べに行く、なんてこともよくあったそうです。屋台で食べるお寿司やお蕎麦、天ぷら、おでん。ついでにクイッと引っかける熱燗…想像しただけで「それ絶対美味しいやつ〜!」って思いますよね。
今とは比べ物にならないくらい、ゆっくりゆっくり時間が過ぎていく。
毎日の生活は不便なはずなのに、なぜか温かくて、やさしい。
そんな暮らしを見ながら、私は思いました。
私も、江戸庶民のように、毎日を大切に、丁寧に、ゆっくり時間を過ごしていきたい。
カレンダーではなく、季節で生きたい
現代の私たちは、生まれた瞬間からカレンダーに縛られています。
何月、何日、何曜日、何時何分。すべてが数字で管理されています。
でも私は、最近こう思うようになりました。
「カレンダー通りに生きるのは、もうやめた」
今日は、「冷たい風が頭皮を刺す頃」。
あるいは、「冷たい風の中にも春の匂いが混ざり始める頃」。
そんなふうに、季節の移り変わりを肌で感じながら生きていきたい。
カレンダーは人が作ったものだ。
日付や時間という概念も、人間が作り出したもの。
江戸の人たちはきっと、もっと「自然」に寄り添って暮らしていたはずだ。
だから私は、江戸庶民の暮らしに憧れを感じるようになったのだと思います。
「江戸庶民」という言葉が、何度も私の前を横切った
最初は、「江戸庶民」という言葉自体、格好いいとは思いませんでした。
むしろ、逆、ちょっとダサいと思ったくらいです。
でも、不思議なことに。その言葉が、何度も何度も私の前にチラチラ現れました。
動画で。文章で。会話で。頭の中で。
同じワードが、繰り返し自分の前を横切っていく。
そして気づきました。
私はこの生き方に憧れているんだ。
この歳になってようやく、「日々を丁寧に生きる」という感覚が、自分の中にスーッと溶け込んでくるフェーズに突入したんだな、と感じました。
葛飾北斎との出会いが、決定打だった
そして、その感覚を決定づけたのが、葛飾北斎との出会いでした。
私は去年の9月から、グラフィック・デザインを学び始めました。
自分の中に「アート」という新鮮な風が吹き込まれるようになったタイミングで、ある展覧会を観に行くことがありました。
そこで、全身に衝撃が走りました。
江戸時代は、決して豊かとは言えない時代だったはずなのに、「漫画」というものが誕生していて(北斎漫画)、貧しい庶民たちの間でも娯楽として漫画を読んでいた、という事実。
漫画が、歌舞伎や落語と同じように、江戸庶民の間で大流行していました。
普通に考えたら、すごいことだと思いませんか。
余裕がない時代だからこそ、娯楽が必要だったのかもしれません。
そして江戸の人たちは、限られた中でも楽しむ力を持っていたんですね。
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北斎の絵にあった「説得力」を、私のブログにも宿したい
この展覧会では、北斎が日本中を旅しながら描いた数々の作品が並んでいました。
そして、どの絵にも絶対に欠かせない存在がありました。
富士山、です。
富士山が、必ず絵のどこかにいるんです。
雄大に、こちらを見ています。
その圧倒的な存在感、とにかく「説得力」がありました。
どの絵を見ても、”これは北斎が描いた一枚だ”と、誰もが分かるその「説得力」
それこそが、世界中の人たちの心を掴み、北斎の世界に引き寄せる大きな要因として、疑う余地はありませんでした
私は思ったんです。
この「説得力」を、自分のブログにも落とし込みたい。
私にしか書けない内容で。
私だけの旅を、一文字一文字積み重ねていきたい。
北斎が東海道五十三次を描いたように、
私も、私だけの東海道五十三次を完成させたい。
他の誰にもできない、唯一無二の何かを作り上げたい。
私なりの「神奈川沖浪裏」
葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」は、世界的に有名な作品です。
誰もが一度は見たことがある、北斎の代表作と言ってもいいでしょう。
私は北斎へのリスペクトを込めて、このブログのシンボルにもなるように
私なりの「神奈川沖浪裏」を描いてみました。
波の色。世界観。構図。
もちろん完全に北斎の世界観とは同じにはならないし、同じにするつもりもありません。
でも、そこに込めたかった想いはただひとつ。
日々の小さな積み重ねが、いつか大きな波になるということ。
今はまだ努力の日々でも、小さなその努力の積み重ねが、いつか必ず大きなうねりとなり、素晴らしい未来をあなたのもとに届けにきてくれる。
私は、初めて英語で人と話せた日、心の底から感動しました。
「通じた!」という小さな成功が、自分の未来を少しだけ動かしたんです。
その感覚を、あなたにも、みんなにも、味わってほしい。
だから私はこの波を、ブログの象徴にしました。
\英語との出会い、原点の話はこちら/
I am と I like の違いも分からなかった私が、英語の先生になった理由
「江戸庶民」として、生きていく
このブログは、派手な成功の物語では決してありません。
英雄の話でもありません。
でも私は、江戸庶民のように、日々を丁寧に大切に生きていきたい。
季節を感じる。
自分の手で暮らしを整える。
学びを積み上げる。
小さな挑戦をし続ける。
そしていつか、その積み重ねが大きな波になって、あなたの未来も、私の未来も、少しずつ良い方向へ運んでいくと信じています。
「江戸庶民」——
この言葉には、私の憧れと、私の決意と、私の人生観が詰まっています。
ここから、これを読んで下さったあなた方に届くよう、私だけの東海道五十三次を紡ぎ歩んでいこうと思います。
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